第三章:ジャンプ「終の棲家」


2039年4月(篤男55歳)

まずは代官山のマンション生活とここでの一戸建生活の、良い点悪い点をピックアップしてみることにした。

【マンション】
良い点
・利便性・楽しさ・平面の生活・冬暖かい・防犯
悪い点
・音・狭い・物価が高い

【一戸建】
良い点
・コミュニティ・静か・物価が安い
悪い点
・冬寒く夏暑い・維持管理費がかかる・広すぎる・庭の手入れが大変・防犯・駅に遠い

次に「終の棲家」に求めるものを二人で挙げてみた。
・夫婦の程良い距離感が保てる間取り
・車なしで生活できる利便性
・うるさ過ぎず、しずか過ぎない
・広さはいらないが、幸男が独立してから帰ってくる部屋があること
・介護まで見据えた室内のユニバーサルデザイン

マンション、一戸建の両方に住んできたので、すらすら挙げることができた。また、終の棲家に求めるものはほぼ一致していた。しかし、ひとつ大きな違いがあったのは「車なしで生活できる利便性」のところだった。篤男はこの文の前に「できるだけ会社に近くて」が入り、春美は「今のコミュニティの中で」が入った。

理想の間取りはこうだった。平屋建で家の中心にトイレを配置し、どこからでもトイレにアクセスできるようにする。廊下を無くし、独立した部屋を造るというよりは、大きなワンルームをパーテ-ションで仕切るというイメージ。そこに、ベット2つを程よく離して置くことができる寝室スペース、幸男家族が帰ってきた時に泊まれるスペース、そして大きなLDKと別々2ヶ所のPCスペース。70㎡あれば丁度良いと思った。こんな間取りの物件は絶対に売りに出ないので、中古を買って自分達でリノベーションをすることに決めた。

お金の計算をしてみた。150万円に届かない年もあったが、毎年必ず繰上返済をしてきたので、残債は600万円ほどになっていた。実は両親から金沢の一戸建とわずかだが現金を相続していた。そのため、今年で完済する目処がたっていた。代官山のマンションは賃貸中のため、居住用として販売するよりも安くなってしまうそうだ。利回り8%の投資物件として計算して2400万円くらいになるそうだ。空室になれば2800万円くらいになるようなので、賃貸中の売却は無いと思った。

ここの土地は、地価が下がっているそうだ。買った年の公示地価と比較してみると、なんと10%も下がっていて驚いた。そのため、3400万円くらいになるようだ。しかし3年前に外壁塗装をしたばかりだし、室内もDIYをしてきて綺麗だったので中古戸建として売れる可能性も充分あるそうだ。その場合、3600万円近くになるとのことだった。ほぼ土地値で買ってもこれだけマイナスになるのだから、ここに新築を建てていたらもっと大きな損が出たのであろう。

気付けばマンションと一戸建2軒のオーナーになっていた。しかも残債無し。何の資産も持たない普通のサラリーマンが55歳でこうなれたのは、単なるラッキーではない。2回のマイホーム取得の際に、上手な選択をすることができたからだ。そして、繰上返済の目標を明確にしたからだ。結婚のタイミングで18万円の賃貸に入っていたら、全く違う55歳を迎えていたと思う。これも道しるべとなってくれた㈱しあわせな家のお陰と感謝した。

2039年9月(篤男55歳)

「55歳の選択だね」春美と話した。ちょうど幸男の就職が決まり、家から独立することが確実になった。まず始めに決まったのは、代官山のマンションが空室になるのを待って、そこに住むという選択はないことだった。幸男が結婚した後、家族で実家に帰ってくるのに寝る部屋がないというのは寂しいと思ったからだ。貸せるだけ貸しておいて、空室が続くようになったら売ろうということに決めた。きっと有難い年金になってくれるであろう。
次に、金沢の一戸建はそのままにすることにした。両親のことを考えると、どうしても売る気になれなかった。年に1度か2度、食べ物がおいしい季節に別宅として使うことにした。でも、篤男は自分が死ぬまでには処分しなければいけないと思った。また、今の一戸建に住み続け、夫婦二人住まい用にリノベーションをするという選択もなくなった。やはり広すぎるからだ。二人の生活に120㎡はいらないという結論になった。

ここまでは順調だったが、最も肝心の「終の棲家」はなかなか決まらなかった。「最後は自分が折れることになるんだろうな」篤男は薄々そう思っていた。そして、これまで考えることから逃げていたが、いよいよ退職後の自分を本気で想像してみた。基本的に毎日家に居る。これと言って趣味はないが、何かみつけたとしても毎日それをすることもないだろう。たまに友人に会い、たまに得意のパソコンを教えるボランティアをし、のんびり暮らすことになるのであろう。そう考えると、そこまで都心でなくても良い気がしてきた。

それよりは、最後は人。まわりにどんな人が居てくれるかが大切だ。たぶん私の方が先に逝くだろう。そうなると、春美の近くに友人がいないと・・・。新しい場所に移って、あらたに友人ができるかどうかはわからない。それよりは、今のコミュニティの中にいれば確実だ。

ポストにチラシが入った。今の最寄り駅から歩いて5分、築20年70㎡の3LDKだった。「これだね」篤男と春美はうなずいた。5階建の4階部分。目の前の敷地から第一種低層住居専用地域だったので、この眺望は永遠に確保される。15帖のLDKとその横に6帖の和室、それに6帖の洋室が2つあった。リノベーションをすることに決めていたので、間取りや室内の状態はどうでもよかった。価格は2500万円。ここを1000万円かけてリノベーションして、今の一戸建売却とトントンだ。これなら、残り10年間の収入をしっかり貯金できるし、退職金に手を付けることはない。まさに、理想的な「終の棲家」だった。

いまだに都心への憧れがどこかにある篤男は内覧しながら思った。「今の一戸建をもう少し都心に買っておけばここまで遠くに・・・。これはあの時想像できなかったな。まあ住めば都、この街に骨をうずめよう。」ふと春美をみると、とても穏やかな顔をしていた。「ここが俺達の終の棲家だ」篤男は決心した。
リノベーションの打合せには力が入った。代官山のマンションの時は70%くらい、横浜の一戸建は50%くらい、自分達のやりたい事をやった気持ちでいたが、今回は100%を目指した。リノベーションのテーマは「深呼吸したくなる家」。山に登った時のああいう感じをお部屋の中で感じることができれば、一日中家に居ても快適だと思ったからだ。約2ヶ月間、毎週打合せをして納得のいくプランができた。

2040年1月(篤男56歳)

「終の棲家」で新しい年を迎えた。
「しあわせな暮らし、しあわせな家って何だろうね?」篤男は春美に尋ねてみた。すると間髪入れずに春美は答えた。「しあわせってつかみ取る物ではなくて、自然にジワ~っと感じるものだよね。だからその瞬間、瞬間というよりは、もうちょっとざっくりとした、わかりやすく言うと、朝起きてワクワクする、一日が始まることにワクワクするという感じ。そのワクワクも特別な刺激的なものというよりは、何気ない日常のワクワク。うまく言えないけどそういう感じがしあわせな暮らしだと思う。」春美は少し照れながら続けた。

「しあわせな家は、しあわせな暮らしを邪魔しない、しあわせな暮らしを後押ししてくれる感じかな。この家で言うと、大好きな料理をしやすくしてくれるキッチン、読みたい本をパッと手に取ることができる本棚、二人の睡眠を快適にしてくれる程良い距離のベットルーム(笑)。それと、私達が万が一車イス生活になってもストレスが少なく暮らせるであろうこの間取り。こういう将来の備えが安心になって、しあわせな暮らしの土台になるよね。しあわせな家ってそういうものだと思うな。」春美は満面の笑みを浮かべた。

篤男は返す言葉がみつからなかった。これまで住んだ3軒の家や出会った人々、とにかく何もかもすべてに感謝をしたい気持ちになった。そして春美に素直に伝えた「ありがとう」。