第一章:ホップ「一人暮らし・二人暮らしのマンション住まい」


2013年11月(篤男30歳)

篤男が30歳になったその日、お付き合いをしている春美(28歳)にプロポーズをし、来年6月に結婚することになった。新居はどうするか?篤男は学生時代からずっと横浜でひとり暮らしをしている。春美は学芸大学駅の近くでひとり暮らしをしており、今よりも通勤が遠くなるのは嫌だと言っている。篤男の会社は新宿、春美は東銀座。さあどうしようか。

篤男の生まれは金沢。都内に住んだことがないので都心生活への憧れがある。というのも現在は通勤に1時間以上かかっている。毎晩21時、22時まで働き、たまに先輩や同期と一緒に食事をして帰る。自分の夢や会社の未来について熱く語っていると、あっという間に23時を過ぎ終電の時間になる。時には先輩の仲間が同席することもあり、先に帰らなければいけないことは、人脈作りなどで損をしているのではないかと思うようになっていた。

春美の生まれは釜石。学生時代は山手線の内側にある大学の寮に住み、社会人になってから学芸大学でひとり暮らしをしている。東京に出てきて丸10年。最初は都会の生活に戸惑いもあったが、今ではすっかり慣れてこの刺激的な生活から離れたくないと思っている。仕事は楽しいとは言えないものの、やりがいや充実感はあるので結婚しても続けるつもりだ。

休日のある日、二人はパソコンの前にいた。学芸大学より内側で、できれば乗り換え無しで通勤できる駅は?どうせなら刺激的でカッコイイところに住みたい。「代官山はどうかな?」行きつけの美容院があり、TVでよく観る旧山手通り沿いのTSUTAYAがある代官山は春美のお気に入りの場所だった。「代官山なら恵比寿にも歩けるし、お互い乗り換えなしでいいね!」篤男は「1LDK」「マンション」「オートロック」「2階以上」という条件で検索をした。

一番上にヒットしたのは45㎡の1LDK築20年のマンション家賃18万円。「高い・・・」想像はしていたものの、目の当たりにすると篤男は驚きを隠せなかった。他の物件をみても大きな差は無い。篤男の年収は550万円、春美は400万円。払えない額ではないものの、新しい生活は想定外の出費があるかもしれないので無理は禁物だと思った。できれば代官山に住みたい。他に選択肢はないものか?

他の新婚さんはどうしているのか?篤男は「二人 暮らし」と検索をしてみた。すると右側の広告に「リノベリアン 」という文字をみつけた。「リノベリアン って何だ?」興味をもった篤男と春美はそのページを読んでみた。そこにあった3つのコンセプトが二人の心にグサっと刺さった。「なるほどこれはおもしろそうだね。一度話を聞いてみよう」篤男はすぐに行動を起こした。

2014年1月(篤男30歳)

「これだっ!」二人は運命の物件に出会えた。これまで10件以上の内覧をしてきたが、こういう感じは初めてだった。代官山駅と恵比寿駅のちょうど中間あたりにある、55㎡築40年のマンション。陽当たりもまあまあだし、ここなら快適な暮らしが送れそう。いわゆる旧耐震の建物なので築年数は気になるものの、建物形状が真四角で、1階はピロティになっていないし、調べてもらうと修繕履歴もしっかりしていた。また、この年代の建物には珍しく二重床、二重天井だったのでリフォームがしやすいそうだ。

そして何より価格が3000万円と手が届くし、運よくお風呂と洗面所はリフォームしたばかりでこのまま使える状態だったことも決め手となった。ここをミームを満たす空間にリノベーションしよう!
広めのLDKは春美の憧れであったアイランドキッチンにした。ここに友達を呼んでお茶をするのが春美の夢だった。また、リビングの壁は春美の大好きな「薄紫色」を塗った。篤男は男の城である書斎を持つことが夢だった。たった2帖のスペースになってしまったが、実現して本当に嬉しかった。寝室は子供を授かった時に子供用のベットが置けるように、少し広めの7帖にした。また、荷物が増えることを想定して1.5帖の納戸を造った。決して広くはないが、二人のミームを満たす空間を造ることができた。

篤男と春美の資金計画はこうだった。物件3000万円、諸費用200万円、リノベーション500万円の計3700万円。自己資金は700万円、住宅ローンは3000万円組むことにした。自己資金を多く準備できたのには理由があった。篤男の両親から500万円の援助をしてもらえることになったのだが、築古の建物の場合、住宅資金の贈与税非課税制度は使えないことがわかった。そこで、結婚資金として二人が貯めてきたお金をマイホーム取得費用にまわし、親からの贈与は結婚資金に使うことにした。

住宅ローンは繰上返済手数料が無料の都市銀行から借りることにした。10年で住宅ローンを完済する目標なので変動金利を選択し、保証料込みで金利1.075%だった。新しい生活の月々の出費が読めないこともあったので、とりあえず35年ローンにして返済を抑え、ドンドン繰上返済をしていくことにした。月々85,738円、それに管理費と修繕積立金が3万円なので115,738円の支払いになる。固定資産税などがあるので単純比較はできないものの、賃貸よりはずっとお得だと思った。

二人はこんな人生設計をした。リノベリアンのコンセプトの通り10年で住宅ローンを完済するために、10年間は共働きをしよう。子供は1人欲しい。10年後には子育てを重視した街に引越しをする。それまでは都会生活を満喫しよう!

2014年3月(篤男30歳)

工事が完了し、ひと足先に篤男が引越しをした。通勤はドアトゥドアで30分。満員列車から開放されて疲労感が少なくなった分、ますます仕事に力が入った。また、渋谷で飲んだ時は歩いて帰れるこの生活のお陰で、以前より人付き合いに対して積極的になった自分が居た。結婚までの間は、飲んだ後に先輩や後輩達をこの部屋に泊めた。決まって「お前カッコイイな!」と言われることが心地良かった。

2014年6月(篤男30歳)

無事に結婚式を終えて、二人の生活が始まった。
春美は19時頃に帰宅する。それから食事を作り、洗濯やアイロンをかける。朝が弱い二人は、どうしても夜に家事をすることが多かった。夜、洗濯機をまわす音が迷惑をかけているのでは?と思い、静音タイプに買い替えることにした。平日、あきらかに春美は疲れていた。そう感じた篤男は得意でない家事も積極的に行うようにした。篤男は家事をしながら「もし通勤1時間の場所を選らんでいたら」と考えるとゾッとした。

休日はほんとうに楽しかった。通ったことの無い狭い道を歩いてみると、素敵なカフェをみつけた。そこが二人のお気に入りの場所となった。「遊びに来るのと実際に住むのでは、街を見る目がこんなに変わるんだな。」篤男は感じた。また、休日にどこか遠くに出かけたいと思わなくなっていた。以前は温泉旅館に行くのが好きだったが、あまりそういう気持ちにならなかった。きっと、お部屋が快適で少しでも長くうちに居たいと思うようになったことがその原因だ。ミームが満たされるとはこういう事なんだなと感じた。

2018年6月(篤男34歳)

結婚してちょうど4年になるタイミングで子供を授かった。「リノベリアン 」を提案してくれた会社にちなんで「幸男」と名付けた。これまでの4年間は順調に繰上返済をしていたので、残債は1700万円ほどになっていた。毎月の生活は篤男の給料でまかなった。ギリギリではあったが、何とか少しだけ貯金ができた。春美の手取り年収は350万円ほど。その内、50万円は春美の好きに使い、30万円はお盆と年末にお互いの実家に帰るお金にし、残りの270万円を繰上返済に充てていた。1年間産休+育休をとったので、この1年は繰上返済はお休み。二人は、半年毎に銀行から送られてくる償還表の残高欄が年々減っていく快感を知っているので、来年からまた頑張るぞ!という気持ちになっていた。

幸男は元気な男の子だった。夜泣きが続いて二人の睡眠時間は短くなった。ある水曜日に篤男が家に帰ると、2帖の書斎に布団が敷いてあった。篤男の疲労感に気付いた春美が気を遣って、別々に寝ることを提案してくれたのだ。篤男は春美の優しさに感謝すると共に、想定外の使い方とはいえ書斎を造って良かったと思った。春美にとっても、朝、機嫌が悪い篤男と接するのは嫌だったので調度良かった。それ以来、毎週水曜日、篤男は書斎で寝ることになった。

山田家には車がなかった。これまでは必要と感じたことは一度もなかった。しかし、子供と一緒にベビーカーで買い物に行くのは、きゃしゃな春美にとって大変なことだった。「車があれば」そう感じることもあったが、マンションに宅配食材会社が来ていることを知り、重い物はそこで買うことにした。ベビーカーに引っ掛けられる物は、近くの公園に散歩がてら買うことにした。

実家の両親が遊びに来ることになった。しかし、泊まれる部屋は無い。さすがに2帖の書斎に両親を泊めるわけにはいかない。自分達が書斎で寝ることも考えたが、それでは両親が遠慮してしまうだろう。そこで両親に相談すると「近くのホテルをとってあるから気にするな」と言われた。このマンションを買う時に援助してもらったのに、泊まれる部屋も無い。非常に申し訳ない気持ちになった。「もうひと部屋大きな物件を買うべきだったのか?」さすがに年に一度や二度のことで、数百万円高い物件を買うという選択はあり得なかったので、この点は両親に甘えることにした。

2019年6月(篤男35歳)

幸男が1歳になった。今日から春美が職場に復帰した。駅の近くの保育園に入ることができたのはラッキーだった。朝は、篤男が保育園に連れて行き、春美はギリギリまで家事をした。もう朝が弱いなんて言っていられなかった。帰りは春美が迎えに行ったが、通勤の途中に保育園があることに本当に感謝した。ここでも、二人は住まいが会社に近いことの有り難さを身に染みて感じた。

幸男が歩くようになった。とにかく元気だ。物を投げる。大声を出す。走り回る。幸い下の階にも小さなお子さんが居た。たまにエレベーターで会った時「いつも煩くしてスミマセン」と声をかけると「お互い様」と気持ち良く返事をしてくれた。これには本当に助かった。もし下の階がお年寄り世帯だったら、申し訳なくて引越しを考えたかもしれない。共同生活ということをここまで意識したのは初めてだった。

2024年3月(篤男40歳)

マンションを買って10年が経った。幸男の保育園にかかる費用は想像以上であったが、二人の給料が少しずつ上がったお陰で計画通りの繰上返済ができ、なんとかピッタリ10年で住宅ローンを完済することができた。リノベリアン達成のお祝いに、㈱しあわせな家でのすき焼きパーティーに招かれた。篤男は40歳になっていた。金沢に住んでいる頃、まさか自分が代官山のマンションオーナーになるなんて夢にも思わなかった。しかも、この歳で住宅ローンゼロのマンションオーナーになれるとは、春美と共に喜び、そしてこういう生活提案をしてくれた㈱しあわせな家に感謝した。

幸男は来春から小学校に上がる。ちょうど1年あるから、この間に次のステップについて春美と一緒にじっくり考えよう。都会での生活に満足はしているが、このままここで子育てを続けることに、少し?という気持ちがあることは事実だ。物も増え手狭にもなってきた。また、春美はここまでよく頑張ってくれたので、ここで一度ゆっくりさせてあげたいという気持ちもある。さあどうするか?嬉しい悩みだ。